作詞、作曲、編曲:Shima
歌唱:EMA
作詞、作曲、編曲:Shima
歌唱:VY1
記憶さえも途切れてしまいそうだ
連記憶都像是快中斷了一般
笑う雲が陽射しをふさいで
笑著的雲將陽光給遮去
昨日までを夢と重ねるなら
若將到昨天為止所發生的事與夢重疊的話
「僕らはいつからここにいたんだ?」
「我們是從何時開始存在於此的呢?」
ありふれた思考と理解に苛まれる 過去のゆり返し
被平凡的思考和理解反覆折磨的過去
棺を灰へくべる とうにしがらみのない夜へ眠るように
將棺材燒成灰 願能早早地在沒有阻礙的夜裡睡去*1
あの照らす球體の月がそう見ている 噓も本當も全部
看著那發著光的月球 包括謊言和真實在內
擦り切れた思想があふれて 灰色の枯草に生まれ変わればいい
擦破了的思想滿溢而出 若能轉生為灰色的枯草就好了
(あの照らす球體の月がそう見ている 噓も本當も全部)
(看著那發著光的月球 包括謊言和真實在內)
(擦り切れた思想があふれて 灰色の枯草に生まれ変わればいい)
(擦破了的思想滿溢而出 若能轉生為灰色的枯草就好了)
今日の非行も 明日への祈禱も 何ひとつとして殘りはしないで
今天做過的錯事也好 對於未來的祈禱也好 連一點都不留下
理想だけがから回って つまらないこと散々喚いてる ずっと
只有理想環繞在腦海中 徹底地大喊著無聊的事情 總是如此
いっそうその身に咲いてる 嫉妬を摘みとる 君を愛しても
不如讓這身體裡綻放著的嫉妒給摘下吧 即使愛著你
きっと壊してしまうから意味なんて 意味なんてないんだ
也一定會漸漸壞掉的 所以意義什麼的、意義什麼的不存在啊
深い海の底にあって 彼岸の青にまぎれた悪夢にも
即使身陷於深海之底 做了個被彼岸的藍所捲入的惡夢也好
「またいつか終わりがくるから、花瓶に輪廻の枝を飾ろうよ」
「總有一天會迎來終結,所以將輪迴的枝裝飾在花瓶裡吧。」
記憶さえも途切れてしまいそうだ
連記憶都像是快中斷了一般
笑う雲が陽射しをふさいで
笑著的雲將陽光給遮去
「またいつか終わりがくるから、花瓶に輪廻の枝を飾ろうよ」
「總有一天會迎來終結,所以將輪迴的枝裝飾在花瓶裡吧。」
ありふれた思考と理解に苛まれる 過去のゆり返し
被平凡的思考和理解反覆折磨的過去
棺を灰へくべる とうにしがらみのない夜へ眠るように
將棺材燒成灰 願能早早地在沒有阻礙的夜裡睡去
あの照らす球體の月がそう見ている 噓も本當も全部
看著那發著光的月球 包括謊言和真實在內
擦り切れた思想があふれて 灰色の枯草に生まれ変わればいい
擦破了的思想滿溢而出 若能轉生為灰色的枯草就好了
安息に向かって走って 追いかけて逃げてを繰り返し
向著安息奔跑而去 追上後又逃走 不斷循環
僕らはいつの日か光の犠牲を背負う意味も忘れていく
我們終有一天會逐漸忘卻我們背負著的 光的犧牲的意義
註1:しがらみ是柵欄,也有指牽絆著人的事物、阻礙之意,故採用這種翻法。
很淒美的一首歌,充滿了死亡的意象。
棺材、枯草、綻開的身體、彼岸、輪迴......,這些詞多少都能使人聯想到死亡。
但我想,這種想死的慾望,其實本質上只是想要更好的活下去吧?
因為此生已經無藥可救,所以才會寄託來世。
向著安息而去,在快要追上時又逃走了,不斷循環輪迴。
犧牲的光,究竟代表怎樣的意義?
是你為了活下去而捨棄的理想嗎?
是曾經奉獻自己照亮你的他嗎?
還是為了某人而希望奉獻自己照亮別人的你呢?
我不知道,我已經都忘的差不多了。
不過,聽這首歌能讓我稍微想起吧。
讓我意識到,我正在遺忘重要的事。
即使一切已經沒有辦法改變,即使有一天我會全都忘掉。
但歌會記得。
所以,今天我的耳機裡也迴響著某人用生命全力歌唱著的旋律。